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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13677号 判決

原告

株式会社北研

被告

株式会社ホクコン

右当事者間の昭和60年(ワ)第13677号実用新案権侵害差止請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、別紙目録(一)記載の勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝を製造販売してはならない。

二  被告は、肩書地において占有する前項の製品を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、七六四万四〇〇〇円及びこれに対するる昭和60年11月24日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを九分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

六  この判決は、右一ないし三に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一及び二と同旨。

2  被告は、原告に対し、一億三七〇万円及び内金二〇五〇万円に対する訴状送達の日の翌日から、内金八三二〇万円に対する昭和62年6月1日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  1及び2につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、ヒユーム管及びセメント製品の製造販売等を業とする訴外北越ヒユーム管株式会社(以下「訴外会社」という。)の工業所有権部門を独立させた工業所有権等の管理を主たる業とする会社であり、被告は、建築材料の製造販売等を業とする会社である。

2  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している。

登録番号 第1617986号

考案の名称 勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝

出願日 昭和50年4月15日

公告日 昭和56年11月30日

登録日 昭和60年11月29日

3  本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(実用新案法一三条において準用する特許法六四条の規定による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲(以下「登録請求の範囲」と略称する。)の記載は、次のとおりである。

「対向する左右の側壁部材と、この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に形成し、該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、該下部の全面開放部を水路勾配に合せたコンクリート打設面とすることを特徴とした勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝。」

4(一)  本件考案の構成要件は、次のとおりである。

勾配自在形のプレキヤストコンクリート側溝であつて、次の構成からなるもの。

イ 対向する左右の側壁部材を設けること

ロ この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に形成すること

ハ 該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とすること

ニ 該下部の全面開放部を水路勾配に合わせたコンクリート打設面とすることを特徴とすること

(二)  本件考案は、勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝に関するものであつて、道路勾配と関係なく側溝底部勾配を簡便かつ自由に施工することができ、しかも、このような側溝において軽量かつ経済的であるとともに、施工後は大きな強度を得ることができるプレキヤストコンクリート道路側溝を提供することを目的としたものである。すなわち、本件考案は、全面開放底部に打設した現場打ちコンクリートによつて無段階的に勾配をとることができ、計画勾配と排水勾配とを完全に一致させることができる。また、本件考案は、従来のプレキヤストコンクリート道路側溝と比較して断面構造的に強度を極めて合理的なものとなしえて経済的であり、施工後も大きな強度を有する。

5  被告は、昭和57年4月1日以降昭和59年3月31日までの間に、別紙目録(二)記載の製品(以下「被告製品(二)」という。)を製造販売し、昭和59年4月1日以降、別紙目録(一)記載の製品(以下「被告製品(一)」といい、被告製品(一)及び(二)を合わせて「被告製品」という。)を製造販売している。

6(一)  被告製品は、いずれも、次の構造を備えている。

イ 対向する左右の側溝部材を有している。

ロ この対向する左右側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に成形している。

ハ 該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状としている。

ニ 該下部の全面開放部を水路勾配に合わせたコンクリート打設面としている。

(二)  以上の構造により、被告製品は、道路勾配と関係なく側溝底部勾配を簡便かつ自由に施工することができ、軽量かつ経済的であつて、施工後は大きな強度を有するという効果を得ている。

7  本件考案の構成要件と被告製品の構造とを対比すると、被告製品の構造イ、ロ、ハ、ニは、本件考案の構成要件イ、ロ、ハ、ニと完全に一致し、被告製品と本件考案とは、その目的効果も同じある。したがつて、被告製品は、本件考案の技術的範囲に属する。

8(一)  被告は、故意又は過失により、昭和57年4月1日以降昭和62年5月31日までの間に、被告製品を次のとおり販売した。

被告製品(二)

昭和57年4月1日~昭和58年3月31日 七九〇〇万円

昭和58年4月1日~昭和59年3月31日 一億四四〇〇万円

小計 二億二三〇〇万円

被告製品(一)

昭和59年4月1日~昭和60年3月31日 一億四八〇〇万円

昭和60年4月1日~昭和61年3月31日 二億七九〇〇万円

昭和61年4月1日~昭和62年3月31日 三億四四〇〇万円

昭和62年4月1日~同年5月31日 四三〇〇万円

小計 八億一四〇〇万円

合計 一〇億三七〇〇万円

(二)  被告は、右被告製品の販売により、売上額の一〇パーセントを下らない利益を得ているから、被告の利益額は、被告製品(二)について二二三〇万円、同(一)について八一四〇万円、合計一億三七〇万円となり、実用新案法二九条一項の規定により、原告は、右同額の損害を被つたものと推定される。

(三)  仮に右主張が認められないとしても、原告は、被告に対し、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求しうるところ、右通常受けるべき金銭の額は、以下に述べるとおり、販売額の六パーセントである。すなわち、原告は、本件実用新案権について実施を許諾する場合には、一時金プラス販売額の三パーセントを実施料としている。一時金は会社の規模や取引関係によつて決まることになるが、一時金プラス三パーセントという条件で全国の多数の業者に対し実施を許諾しており、実施許諾先は、昭和63年8月現在一三六社に達している。被告の場合、一時金を支払う意思はなく、また、今日まで係争しているのであるから、友好的な実施権者の場合と同一ということはなく、少なくともその二倍である六パーセントが実施料相当額というべきである。したがつて、原告の実施料相当額の損害は、被告の販売額一〇億三七〇万円の六パーセントに当たる六二二二万円となる。

9  よつて、原告は、被告に対し、被告製品の製造販売の差止め及び被告肩書地において占有する被告製品の廃棄並びに損害賠償として損害金一億三七〇万円及び内金二〇五〇万円に対する訴状送達の日の翌日から、内金八三二〇万円に対する昭和62年6月1日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1のうち、被告の業務はコンクリート製品の製造販売である。その余の事実は認める。

2  同2及び3の事実は認める。

3  同5のうち、被告が、被告製品(二)を昭和56年11月から昭和59年3月までの間製造し、同年6月まで販売したこと及び被告製品(一)を同年6月20日頃から製造販売していることは認める。

4  同6及び7は否認する。

5(一)  同8(一)については、被告製品(一)の販売が開始されたのは昭和59年6月20日からであり、同日から昭和61年12月31日までの各歴年別の販売額は、次のとおりである。

昭和59年 四〇六三万五〇〇〇円

昭和60年 九三〇〇万一〇〇〇円

昭和61年 一億二一一八万四〇〇〇円

合計 二億五四八二万円

(二)  同8(二)の事実は否認する。

(三)  同8(三)のうち、実施料相当額が六パーセントであることは否認する。

被告製品は、他の多くのコンクリート二次製品と同様、付加価値率の極めて低い製品であり、被告自身も六〇件を超える実施許諾(実用新案プラス技術資料・技術指導の提供)を行つており、また、二件程実施権の許諾を受けているが、ロイヤルテイ料率は、一ないし二パーセントの範囲であり、一・五パーセントのものが最も多い。原告は、本件考案に技術資料及び技術指導の提供を併せて、実施許諾を行つているが、そのロイヤルテイ料率は三パーセントであり、相場水準を大幅に超えたものであつて、実施権者等は実施料の負担に苦しんでいるのが現状である。

三  被告の主張

1  本件考案の出願経過は、次のとおりである。

(一) 昭和50年4月15日 特許出願(特願昭50―45758号、以下「当初出願」という。)。

当初出願の願書に添付された明細書(以下「当初出願明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「左右側壁の両端の上部と下部に夫々水平耐力梁を一体又は一体的に設け、下部の水平耐力梁間の開放底部によりコンクリートを水路勾配に合わせて打設するようにしたことを特徴とする勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝。」

(二) 昭和51年9月3日 当初出願から分割出願(特願昭51―105002号、以下「分割出願」という。)がなされた。

分割出願の願書に添付された明細書(以下「分割出願明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

左右側壁の両端上部に水平耐力梁を一体又は一体的に設け、左右側壁間下部を開放底部となし、前記開放底部によりコンクリートを水路勾配に合わせて打設するようにしたことを特徴とする勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝。」

(三) 分割出願に対して、特許庁は、出願人(原告)に対し、次の内容の昭和54年9月20日付通知書(乙第二〇号証)を送付した。

「この出願は、次の点でもとの出願の出願当初の明細書および図面に記載した事項の範囲外の事項を要旨としているため出願日のそ及は認められないので予め通知する。

すなわち、この出願の要旨を構成するものと認められる「左右側壁の両端上部のみに水平耐力梁を一体又は一体的に設ける」点はもとの出願の出願当初の明細書および図面には何ら記載されていない。」

右通知に対して、出願人(原告)は、特許庁に対し、右通知書において指摘されている分割出願の要旨は、当初出願明細書中五頁一一行及び一二行に明確に記載されている旨の昭和54年12月6日付上申書(乙第二一号証)を提出した。

原告の指摘する当初出願明細書五頁六行ないし一四行には、次のとおり記載されている。

「また、本発明は上記のように左右側壁(1)(1')の両端の上部と下部に夫々水平耐力梁(2)(2)、(3)(3)を設けているが、一般には下部の水平耐力梁(3)(3)は上部の水平耐力梁(2)(2)よりも断面積を小さく構成するもので、また高さの小さい小断面側溝の如きにあつては、下部耐力梁(3)(3)を設けないか、または設けておいて現場で取除くようにしてもよい。」

(四) 昭和55年10月15日 実用新案法八条一項により、前記分割出願を、特許から実用新案に出願変更した(実願昭55―145735号、以下「変更出願」という。)。

変更出願の願書に添付された明細書(以下「変更出願明細書」という。)の登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「左右側壁部の両端上部間に水平耐力梁部を一体形成し、左右側壁部間下部を全面開放底部となし、現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合せて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成されることを特徴とする勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝。」

(五) 昭和56年11月30日 変更出願について出願公告がなされた。

(六) 昭和60年4月22日 実用新案法一三条において準用する特許法六四条の規定による補正(以下「本件補正」という。)がなされ、補正後の登録請求の範囲の記載は、請求の原因3記載のとおりとなつた。

2  右の出願経過に照らすと、本件実用新案登録は、以下にのべるとおり無効であるから、本件考案の技術的範囲は限定的に解釈すべきであり、被告製品はその範囲に属しないものである。

(一) 前記のとおり、当初出願明細書の特許請求の範囲には、左右側壁の両端の上部だけでなく下部にも水平耐力梁を一体に設けるもののみが記載されており、発明の詳細な説明の項においても、「高さの小さい小断面側溝の如きにあつては、下部耐力梁(3)(3)を設けないか、または設けておいて現場で取除くようにしてもよい。」と記載されているだけであつた。このような明細書でしかなかつたのに、原告は、分割出願により、左右側壁の両端上部に水平耐力梁を一体に設けることのみを構成要件とし、左右側壁両端下部に水平耐力梁を設けることを構成要件から除外したのである。しかし、当初出願明細書には、高さの小さい小断面側溝のようなものに限定して下部水平耐力梁(3)(3)を設けないで差支えない旨記載されているにすぎないにもかかわらず、分割出願の特許請求の範囲においては、高さの小さい小断面側溝のようなものに限定することなく、下部水平耐力梁の構成要件のすべてが削除され、高さの小なるものも大なる〈省略〉とが可能となるのである。この作用効果上の相違は、被告製品においては、上面が水平で下面が円弧状の梁部、すなわち、その軸線がアーチ状の梁部を設けていることに帰因するものであつて、本件考案との構成上、作用効果上の差異は明白である。

4  本件考案の「側溝」の意義について

(一) 道路構造令二六条(排水施設)は、「道路には、排水のため必要がある場合においては、側溝、街渠、集水ますその他の適当な排水施設を設けるものとする。」と定めており、また、昭和54年2月日本道路協会編集の「道路土工排水工指針」(乙第五号証)には、道路の排水の種類として、表面排水、地下排水、のり面排水、構造物の排水の四種類があり、このうち、表面排水とは、降雨又は降雪によつて生じた路面及び道路敷外の表面水を排除することをいうこと、並びに、側溝とは表面排水の排水施設であることが明瞭に記載されている。したがつて、「側溝」とは、法令上、道路の表面排水の排水施設であることが明らかである。また、土木建築の技術用語として「側溝」が道路の表面排水施設を意味するものとして理解されていることは、昭和46年4月30日コロナ社及び技報堂発行の土木学会監修「土木用語辞典」(乙第六号証)、昭和39年7月30日技報堂発行の同学会編纂「土木工学ハンドブツク」(乙第七号証)、昭和39年8月20日丸善発行の土木設計便覧編集委員会編集「土木設計便覧」(乙第八号証)、昭和44年3月31日日刊工業新聞社発行の土木用語辞典編集委員会編集「図解土木用語辞典」(乙第九号証)、昭和40年7月10日技報堂発行の建築用語辞典編集委員会編集「建築用語辞典」(乙第一〇号証)の各記載から明らかである。更に、「広辞苑(第三版)」にも、側溝が排水路、すなわち、排水施設であることが明瞭に記載されている。以上のとおり、「側溝」なる語は、道路の表面排水の排水施設を意味する語であつて、他の解釈は採りえない。

なお、原告の主張するように、被告製品(一)のカタログ(乙第一号証及び第二号証)には、「CH可変側溝」、「可変側溝」と記載されているが、これは、被告製品の機能、効果、イメージを簡潔に表示すべく付せられた一種の商標であつて、一般的な技術用語として用いられているわけではない。したがつて、右の記載は、「側溝」の語が側溝用ブロツクを一般的に意味していることの根拠となるものではない。

(二) 前記のとおり、本件補正前の登録請求の範囲においては、本件考案は、「現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合せて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成されることを特徴とする……側溝」とされており、現場においてコンクリート打設工事を行うことにより断面箱形に構成される側溝、すなわち、排水施設としての側溝を要旨とするものであつた。

また、変更出願明細書の考案の詳細な説明の項の次のような記載からも、本件補正前の本件考案は、排水施設としての道路側溝に関するものであることは明らかである。「本考案は勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝の考案に係り、道路勾配と関係なく側溝底部勾配を簡便かつ自由に施工することができ、しかもこのような側溝において軽量且つ経済的であるとともに施工後は大きな強度を得ることができるプレキヤストコンクリート道路側溝を提供せんとするものである。」(本件公告公報一頁一欄二四行ないし三〇行)、「本考案は上記したような従来の道路側溝の不利、欠点を除去し、平坦地においても排水勾配を無段階的に自在かつ簡便に形成することができ、しかもこのような側溝において軽量且つ経済的で、施工後は優れた強度を得ることができるプレキヤストコンクリート道路側溝を開発したものであり、」(同二頁三欄四行ないし一〇行)、「これらのことから本考案によれば、プレキヤスト側溝のメリツトを充分に生かしつつ平坦地の道路でも必要に応じた最も適切な勾配を構成することができる。(同二頁四欄二一行ないし二四行)、「しかして、上記のようにして得られた側溝にあつては、従来のプレキヤストコンクリート道路側溝と比較し、断面構造的に強度を極めて合理的なものとなし得る。」(同二頁四欄三〇行ないし三三行)、「そのため本考案道路側溝によれば、従来の道路側溝に比し、一/二・五に対応するだけの側溝厚で足りることになる。」(同三頁五欄一七行ないし一九行)、「次に、本考案における道路側溝イと従来の道路側溝ロを単体製品とみた場合、その強さにおいても本考案製品は優良である。」(同三頁五欄二〇行ないし二二行)。

ところが、本件補正後の登録請求の範囲においては、本件考案が排水施設としての側溝に関するものであるのか、側溝用ブロツクに関するものであるのか必ずしも明確ではない。しかしながら、補正前の考案が排水施設としての側溝に関するものであることは前記のとおりであるから、もし、補正後の考案が、これと異なり、側溝用ブロツクに関するものである場合には、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後になされた補正において要旨変更があつたことになつて、その補正はなかつたものとみなされ、補正前の登録請求の範囲の記載に基づいて、本件考案の技術的範囲は判断されることになる。したがつて、いずれにしても、本件考案は、排水施設としての側溝に関するものであることになる。

5  協定による実施許諾について

被告は、昭和56年11月から昭和59年3月までの間、被告製品(二)を製造し、同年6月まで販売したものであるが、これは、訴外福井コンクリート二次製品工業組合(以下「訴外組合」という。)の発注に基づき、発注仕様に従い製造し、右訴外組合に対してのみ供給したものである。そして、原告は、訴外組合の右製品の販売については本件実用新案権に基づき権利を主張しない約束をしていた。すなわち、訴外組合は、本件考案の実用新案登録出願の出願公告に対して登録異議の申立をしたところ、訴外組合と原告を代理する原告の関連会社である訴外組合との間において、昭和57年3月12日、訴外組合は、右異議を取り下げ、その代りに、原告は、訴外組合が被告製品(二)を昭和59年3月31日まで製造販売すること及び同日現在の在庫品をその後販売することを認めるという協定が成立した。訴外組合は、右協定に基づき、直ちに登録異議の申立を取り下げる一方、被告製品(二)の製造供給を被告に求めたため、被告は、これに応じたものである。

6  実用新案法二九条一項の適用について

原告は、本件考案に係る製品の製造販売は、自らは一切行うことなく、第三者に実施権を許諾しているものである。したがつて、実用新案法二九条一項に基づき、被告の得た利益の額を原告の損害の額と推定することはできない。

四  被告の主張に対する原告の答弁及び反論

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2の無効の主張について

(一) 同2(一)について

分割出願は、次のとおり、その要件が備わつている。

当初出願明細書においては、被告指摘のとおり、特許請求の範囲には、上部と下部に水平耐力梁を設けた構造のものが記載されているが、発明の詳細な説明の項には、被告引用のとおりの記載が存するので、これに基づいて分割出願を行つたものである。右の分割について、被告は、高さの小さい小断面側溝のようなものに限定することなく、下部水平耐力梁の構成要件のすべてを削除していると主張する。しかし、当初出願に係る側溝は、現場で施工する際、底部にコンクリートを打設するのであるから、施工後は底面全体が耐力梁の役割を果たすので、下部耐力梁の目的は、主として製造後現場に搬入設置するまでの間において側壁を支持することにある。したがつて、右の記載においても、「……現場で取除くようにしてもよい」となつているのである。そして、側溝が大きくなると、側壁が高くなつて、製造後現場に搬入するまでの間にたわみによつて破壊することがあり、これを防止するため、下部耐力梁が必要となるのであるが、「高さの小さい小断面側溝」の場合には、上部耐力梁だけで側壁を支持することができるのでその必要はない。被告引用の記載は、このことを言つているのであり、要するに、下部耐力梁を設けなくても製造後搬入設置までの間に破壊するおそれのないものについては、下部耐力梁を設ける必要はないということである。したがつて、高さの小さい小断面側溝のようなものに限定しないからといつて、出願当初明細書に記載されていない発明を要旨として分割出願がなされたということにはならない。

(二) なお、分割出願に対して、被告主張のとおり、審査官から分割出願の要件を欠くので出願日の遡及が認められないとの通知を受けたが、原告は、上告書を提出し、分割の根拠を説明したところ、この点の疑問は解消し、その結果、出願公告公報においても、出願日は、当初出願の出願日である昭和50年4月15日として公告され(甲第一号証)、登録においても出願日は昭和50年4月15日として登録されている(甲第四号証)。

(三) したがつて、出願日が遡及しないことを前提として無効事由があるとする被告の主張は、理由のないものである。

3  同3の水平耐力梁について

(一) 被告は、本件考案の「水平耐力梁(部)」とは、上面及び下面が水平な梁を指すと解すべきであると主張する。しかしながら、本件明細書、補正前の変更出願明細書には、水平耐力梁について、①「施工前においては両側壁部1、1'を連結する唯一の連結部を構成するとともに、施工後にあつては、側壁部1、1'に加わる側圧に抗するための耐力梁であり」(本判決添付の「実用新案法第一三条で準用する特許法第六四条の規定による補正の掲載」(以下「本件補正公報」という。)訂五頁一一行ないし一三行、本件公告公報二頁三欄二四行ないし二七行)、②「上部の水平耐力梁部2、2により形成された上面の開口部4に蓋版7を係止する」(本件補正公報訂五頁一三行ないし一四行、本件公告公報二頁三欄二七行ないし二九行)、③「施工にあたつてはかかる状態で現場に搬入し、この本考案道路側溝イを、天端部8が道路天端部9に合致するように配列し」(本件補正公報訂五頁一九行ないし二一行、本件公告公報二頁三欄三九行ないし四二行)との記載が存在する。このうち、①は耐力梁としての作用効果であるが、その耐力梁が水平であるのは、②の耐力梁部により形成される上面の開口部に蓋板をはめるようにするためと、③の側溝の天端を道路の天端に合わせるためである。したがつて、水平であることを要するのは、耐力梁部の上面であり、その下面が円弧状をなしていても上面が水平であれば、本件考案における水平耐力梁に該当する。そして、被告製品(一)の耐力梁部2、被告製品(二)の甲部4a4bは、右①ないし③の作用効果をすべて備えている。

(二) 更に、被告は、本件考案においては水平耐力梁が門形ラーメン構造であるのに対し、被告製品(一)においては耐力梁部、被告製品(二)においては甲部の下面が円弧状すなわちアーチ状をなしていて、力学的にも作用効果が異なつていると主張する。しかし、梁の上面、下面がともにアーチ状をなしている円弧上の梁の場合はともかく、上面が水平で下面がアーチ状をなしている場合には、少なくともコンクリート側溝類においてはラーメン構造と同視されている。すなわち、昭和55年4月30日設計施工要覧特別委員会発行の全国コンクリート製品協会編「コンクリート製品設計・施工要覧増補版―1980」(甲第九号証)をみると、上面が水平で下面がアーチ状をなしている組合せ暗きよブロツク(JIS A 5328―1977)の荷重計算において、「応力計算は両端ヒンヂの門形ラーメンとして計算する。」(同書一四四頁)となつている。また、農林水産省構造改善局制定の「土地改良事業標準設計」(甲第一〇号証)では、上部耐力梁の上面が水平で下面がアーチ状のブロツクについて、門形ラーメンとして荷重計算を行つている(同書二九七頁)。更に、被告も所属している福井県コンクリート二次製品工業組合の作成した「新門型設計資料」(甲第一一号証)には、被告製品(一)とほぼ同形状の側溝の設計計算がなされているが、作用曲げモーメントについて、「固定門形ラーメンとして計算を行う」としている(同書六頁)。被告は、上部耐力梁の下面がアーチ状であることを強調しているが、それは、門形ラーメン構造の水平耐力梁の下部両側に円弧状の張出部を設けたものにすぎず、設計計算も門形ラーメン構造として行われているのである。したがつて、被告製品の耐力梁部又は甲部は、本件考案の水平耐力梁そのものにほかならないのである。

(三) 被告は、被告製品の梁は、上面下面とも水平な梁とは作用効果においても異なつていると主張する。しかし、本件考案によつて得られる効果の範囲では、両者は共通であり、仮に被告製品にそれ以上の効果があるとしても、それは、改良考案になり得るというだけのことであつて、本件考案の技術的範囲に属しないこととなるものではない。

本件考案の水平耐力梁の作用効果は、施工前においては左右側壁の唯一の連結部を構成するとともに、施工後においては側圧に耐えて側壁を支えるものである。そして、その支持力は、結局、梁の断面にかかつている。したがつて、被告製品においても、結局は、中央部の断面で支えているわけであり、右の作用効果の点に関しては、この部分の厚さで上面、下面が水平な梁の下部に、張出部を設けたものにすぎない。

4  同4の本件考案の側溝の意義について

(一) 本件考案の対象となつている物品は、出願公告時においても、登録時においても、「勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝」とあるとおり、工場で生産された側溝用ブロツクであつて、地面に構築された側溝ではない。

(二) 被告は、「側溝」の語は道路等のわきに設置された排水施設を意味すると主張し、これに添う証拠を提出している。「側溝」が構築された排水溝自体を指す場合のあることはそのとおりであるが、被告の援用する例は、道路構造ないし土木建築の場合の例であり、コンクリート製品についての例ではない。そして、「側溝」という語は、工場で生産された側溝用ブロツクを意味するものとしても、次のように用いられているのである。すなわち、JISの「道路用鉄筋コンクリート側溝」(甲第六号証)の部分を見ると、冒頭の適用範囲のところに、「この規格は、歩道及び車道に平行して用いる鉄筋コンクリート製の側溝(以下、側溝という。)について規定する。」となつており、更に、その解説の適用範囲の説明のところには、「この規格の適用を受ける道路用鉄筋コンクリート側溝(以下、側溝という。)とは、舗装止の機能をもつた落しふた形式のもので、主として道路用の雨水排水溝として用いられるものである。」となつている。このように、雨水排水溝そのものではなく、「排水溝として用いられるもの」を側溝といつているのである。また、被告もその規格に従つている昭和59年6月1日社団法人北陸建設弘済会発行の「土木用コンクリート製品設計便覧」(甲第七号証)によると、コンクリート製品、すなわち、ブロツクそのものを「側溝」と称して規格を定めている。一方、社団法人全日本建設技術協会発行の「建設省制定土木構造物標準設計1」(甲第八号証)の「01側こう類」をみると、側溝用ブロツクのことも、排水構のことも側溝といつている。すなわち、その1―1及び1―2をみると、材料表のところに「側こう(個)」とあるのは明らかにブロツクを意味している。これに対して、1―3及び1―4の「側こう」は場所打ちであるから、出来上がつた排水溝のことである。このように、公式の文書においても二とおりの意味に用いられているのである。

右の資料からすると、コンクリート製品に関するJISや規格では、側溝用ブロツクそのものを側溝といい、土木建設においては、側溝といつても、側溝用ブロツクを意味する場合と、排水溝を意味する場合とがあることが分かる。事実、被告の提出した「道路土工排水工指針」(乙第五号証)においても、その二三頁でU形側溝について、「これらの側溝の利用にあたつては」、「JIS製品の側溝やふたは……使用しないのが望ましく」、「作用しない場所に使用する」というように、側溝用ブロツクのことを側溝といつているのである。

更に、被告製品(一)のカタログである乙第一号証及び第二号証においても、工場で生産された側溝用ブロツクを「可変側溝」あるいは「CH可変側溝」といつており、被告自身、側溝用ブロツクを側溝と呼んでいるのである。

結局、「側溝」という場合に、排水施設としての側溝と側溝用ブロツクとのどちらを意味するかは、明細書全体の記載と前後の関係、そして、当業者の常識によつて判断されることになるが、本件考案が側溝用ブロツクを対象としていることは明らかである。

(三) そこで、本件考案についてみると、出願公告された変更出願明細書における次のような記載は、明らかに側溝用ブロツクを意味している。「従来のこの種プレキヤストコンクリート側溝ロは・・・これを道路側溝として使用すると」(本件公告公報一頁一欄三三行ないし二欄一行)、「従来ではプレキヤストコンクリート側溝を使用せず、一般に現場打ちコンクリートで」(同一頁二欄八行ないし一〇行)、「このように現場に運ばれる側溝は」(同一頁二欄三二行ないし三三行)、「本考案による道路側溝(これをイと仮称する)は・・・施工にあたつてはかかる状態で現場に搬入し、各本考案道路側溝イを、天端部8が道路天端部9に合致するように配列し」(同二頁三欄三五行ないし四二行)、「同一深さの側溝では必要勾配を得ることが困難な場合には・・・数種の本考案側溝イ、イをつくり、それらのうち・・・浅いものを適当に配列し」(同二頁四欄八行ないし一二行)、「次に、本考案における道路側溝イと従来の道路側溝ロを単体製品とみた場合」(同三頁五欄二〇行ないし二一行)、「側溝自体の重量の軽量化を図ることができ」(同三頁六欄六行ないし七行)。このほかにも、右明細書において側溝を側溝用ブロツクの意味で用いている箇所は多いが、少なくとも右に指摘した箇所における「側溝」は、「側溝用ブロツク」の意味に解しないと、使用したり、運搬したり、配列したり、単体としてみたり、軽量化を図ることができないのであつて、意味が通じなくなる。そして、本件考案における「側溝」が側溝用ブロツクを意味することは、明細書の右記載からしても明らかである。

(四) 以上のとおりであるから、側溝とは、工事済みの排水溝のことであつて、本件考案は工事済みの側溝を対象としたものであるとの被告の主張は、全く理由がない。

5  同5の協定による実施許諾について

(一) 同5の事実のうち、訴外組合と原告の関連会社である訴外会社との間において、昭和57年3月12日、訴外会社は、同組合が当時販売中の勾配可変側溝を昭和59年3月31日まで製造販売すること及び在庫品についてはその後も販売することを認める旨の協定が成立したことは認める。しかし、本件実用新案登録の出願公告に対する異議申立を取り下げる代りに実施を認めたとの点は否認する。右協定は、当時、福井県下において営業活動が競合していた訴外会社と訴外組合が、無用の紛争を避けるために話し合い、期限を限つて、同組合に製造販売を認めたもので、原告としては、訴外会社がした右の協定の効果を受けることを否定するものではない。

(二) しかし、右の協定書には、実施条件について有償とも無償とも明記されていない。そして、物品の貸借において単に使用収益させるという契約は存在しないのと同じように、実施許諾においても対価があるかないかが不可分に定まつているのである。右の協定においては、昭和59年4月1日以降は、訴外組合は在庫品の販売のみをおこなつて生産を行わず、同組合が勾配可変側溝を扱う場合は、原告と協議のうえ、訴外会社の規格のVS側溝を扱うことになつていた。したがつて、この合意及びその実現は、実施許諾の対価というべきもので、実施許諾と不可分一体になつている。また、仮に、被告主張のように異議申立の取下が対価となつているとしても、昭和59年4月1日以降は実施しないということも不可分の合意の内容となつている。したがつて、右合意の趣旨は、昭和59年3月31日までは実施を許諾するが、同年4月1日以降実施を続けたときは、実施許諾を遡つて認めないということである。訴外組合は、同年4月1日以降も実施を続けたのであるから、同組合の同年3月31日までの実施についてもその権限を失つたことになる。

(三) 仮に、右協定が無償実施の許諾であるとするならば、昭和59年4月1日以降は独自の勾配可変側溝の製造販売を止めるという条件がついていたものである。しかし、訴外組合は、同年4月1日以降も実施を続けたのであるから、無償実施の許諾は効力を失つた。

(四) なお、右協定は、訴外組合との間のものであるから、仮に同組合が無償で実施することを許諾されていたとしても、被告の製造販売行為が原告との間で適法となるものではない。

(五) 右協定書による契約は、原告と訴外組合との間の東京地方裁判所昭和61年(ワ)第2816号実用新案権侵害差止請求事件の昭和63年7月13日の口頭弁論期日において、原告が訴外会社を代理して解除した。

6  同6の実用新案法二九条一項の適用について

原告は、訴外会社の工業所有権部門を独立させた工業所有権等の管理を主たる業とする会社であり、経済的損益については、訴外会社と同視することができるところ、訴外会社は、本件考案に係る製品を製造販売しているのであるから、原告の損害についても、実用新案法二九条一項の適用は認められる。

五  原告の反論に対する被告の答弁

1  原告は、協定書における合意の趣旨は、昭和59年4月1日以降実施を続けたときは、同年3月31日までの実施許諾もさかのぼつて認めないということであると主張するが、協定書の条文から右の趣旨を読み取ることはできない。また、工業所有権の実施許諾は、一般に、一定期間にわたる継続的な契約関係であり、右協定書による実施許諾もその例外ではない。このような場合、仮に契約違反により契約が解除されたとしても、その効力は遡及効をもつことはないから、訴外組合は昭和59年3月31日までの実施についてもその権限を失つたとの原告の主張は、理由がない。

なお、被告は、昭和59年4月1日以降は、門型の側溝ブロツクは製造せず、被告製品(一)の製造を行つているものである。

2  原告は、訴外会社は、原告の親会社に当たり、経済的損害については原告と一体であるから、実用新案法二九条一項の適用があると主張するが、原告は、訴外会社以外に、三谷セキサン株式会社、賀茂コンクリート工業株式会社、松岡コンクリート株式会社、竹沢コンクリート株式会社等に対しても、実施許諾を行つており、訴外会社と原告の一体性は、実用新案法二九条一項の適用を認める根拠にはなり得ない。

第三根拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因2及び3の事実は当事間に争いがなく、右争いのない請求の原因3の事実と成立に争いのない甲第一号証及び第五号証によれば、本件考案の構成要件は、次のとおりであると認められる。

(1)  対向する左右の側壁部材と、

(2)  この対向する左右両側壁部材の両端上部間に水平耐力梁を設けて一体に成形し、

(3)  該左右両側壁部材間の下部を全面開放形状とし、

(4)  該下部の全面開放部を水路勾配に合わせたコンクリート打設面とすることを特徴とした

(五) 勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝。

二  被告が、被告製品(二)を昭和56年11月から昭和59年3月まで製造し、同年6月まで販売したこと及び被告製品(一)を昭和59年6月20日頃から製造販売している事実は当事者間に争いがない。

三  本件考案と被告製品とを対比することとするが、被告は、本件実用新案登録は無効であるから、その技術的範囲は限定して解釈すべきであると主張するので、まず、この点について判断する。

1  出願経過に関する被告の主張1の事実は、当事者間に争いがない。

2  右事実によれば、当初出願の特許請求の範囲においては、左右側壁部の両端の上部と下部に水平耐力梁を設ける構成とされていたところ、分割出願においては、上部にのみ水平耐力梁を設ける構成としたものであることが認められる。そこで、右の構成が当初出願明細書に開示されていたか否かについて検討する。

当初出願明細書の発明の詳細な説明の項に、「また、本発明は上記のように左右側壁(1)(1')の両端の上部と下部に夫々水平耐力梁(2)(2)、(3)(3)を設けているが、一般には下部の水平耐力梁(3)(3)は上部の水平耐力梁(2)(2)よりも断面積を小さく構成するもので、また高さの小さい小断面側溝の如きにあつては、下部耐力梁(3)(3)を設けないか、または設けておいて現場で取除くようにしてもよい」(当初出願明細書五頁六行ないし一四行)と記載されていることは当事者間に争いがなく、右記載によれば、当初出願明細書には、上部と下部に耐力梁を設けた側溝と、下部の耐力梁を除いた上部耐力梁のみの側溝との二種類の側溝についての記載があることは明らかである。

ところで、被告は、当初出願明細書においては、下部耐力梁のみの側溝は、高さの小さい小断面側溝に限定されていたにもかかわらず、分割出願においては、そのような限定を除外しているから、結局、当初出願明細書に記載されていない発明を要旨として分割出願がなされたことになる旨主張するので、右当初出願明細書の記載の意義について検討するに、右記載においては、一般に下部の水平耐力梁(3)(3)は上部の水平耐力梁(2)(2)よりも断面積を小さく構成するものとされているが、成立に争いのない甲第一二号証の一(当初出願明細書)によれば、当初出願明細書記載の勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝は、これを現場に搬入した後、現場において底部にコンクリートを打設し側溝底を構成させるものであつて、施工後は、底面全体が耐力梁の役割を果たすようになることが認められ、右認定の事実によると、下部耐力梁の目的は、主として製造後現場に搬入設置するまでの間において側壁を支持することにあるのであつて、下部耐力梁の断面積は施工後は側溝の強度負担には直接関係しないため、上部水平耐力梁に比較し、一般に断面積を小さく構成するとされたものと理解される。そうすると、製造後現場に搬入設置するまでの間、下部耐力梁がなくとも破壊するおそれがないような側溝については、下部耐力梁を設ける必要がないことになる。前記当初出願明細書の記載の「また高さの小さい小断面側溝の如きにあつては、下部耐力梁(3)(3)を設けないか、」との部分は、まさにそのことをいつているのであつて、例えば、高さの小さい小断面側溝のように、下部耐力梁がなくとも製造後現場に搬入設置するまでの間に破壊するおそれがないようなものには、下部耐力梁を設ける必要はないとしているのである。この点に関して、被告は、右の「高さの小さい小断面側溝の如きにあつては」との記載は、上部耐力梁のみを設ける側溝の範囲を限定しているものである旨主張するが、右に述べたとおり、右当初出願明細書の記載の趣旨は、要するに、下部耐力梁がなくとも製造後現場に搬入設置するまでの間に破壊するおそれがないようなものには、下部耐力梁を設ける必要はないというに尽きるのであり、右の「高さの小さい小断面側溝の如きにあつては」というのも、そのようなおそれがない場合を例示したにすぎないものであることは、その表現自体からも明らかである。のみならず、右記載の趣旨は、上部耐力梁のみとする側溝を限定することにあると解すると、「高さの小さい」というのは何と比較し小さいというのか、また、「小断面」というのはどの程度の断面をいうのか、その判断の基準が全く明細書には示されておらず、右限定のための記載としては極めて不明確不明瞭なものであるから、右記載をもつて上部耐力梁のみを設ける側溝の範囲を限定したものと解することは到底困難であるといわざるをえない。したがつて、被告の右主張は、採用することができない。

以上のとおりであるから、分割出願の上部にのみ水平耐力梁を設ける構成は、被告が主張するような限定なしに、当初出願明細書に開示されていたものというべきである。

3  してみれば、分割出願がその要件を欠くことを前提として、本件実用新案登録は無効であるから、本件考案の技術的範囲は限定的に解釈すべきであるとする被告主張は、その前提を欠き、採用することができない。

四  そこで、被告製品が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて以下判断する。

1  前記本件考案の登録請求の範囲の記載並びに前掲甲第一号証及び第五号証を総合すると、(1)本件考案は、勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝に関するものであること、(2)従来のプレキヤストコンクリート側溝は、両側壁及び底壁が一体形成された断面U形状の三面舗装タイプであり、水路底勾配を自由に得ることが困難であり、また、道路上の自動車の荷重による側圧に抗するためには、側溝が深くなるほど側壁の付根及び底壁の厚さを厚肉に構成しなければならないという欠点があつたこと、(3)本件考案は、右欠点を解消し、道路勾配と関係なく側溝底部勾配を簡便かつ自由に施工することができ、しかも、このような側溝において軽量かつ経済的であるとともに、施工後は大きな強度を得ることができるプレキヤストコンクリート側溝を提供することを目的とし、登録請求の範囲のとおりの構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであること、(4)実施例に即して説明すると、本件考案は、対向する左右の側壁部1、1'(番号は本件公告公報及び本件補正公報に記載のものを示す本件考案につき以下同じ。)の長さ方向両端部に、左右側壁部1、1'間を連結する水平耐力梁2、2を一体形成し、左右側壁部1、1'間の下部には、現場コンクリート打設により底部を得るための側壁部長手方向全長にわたる全面開放底部6を形成したものであり、そして、前記水平耐力梁部2、2は、施工前においては、両側壁部1、1'を連結する唯一の連結部を構成するとともに、施工後にあつては、側壁部1、1'に加わる側圧に抗するための耐力梁として構成したものであつて、これにより、現場において全面開放底部6に現場打コンクリート10を打設することによつて無段階的に水路底勾配をとることができ、右コンクリート打設は、水平耐力梁2、2間の開口部4を利用することにより容易に行うことができ、また、水平耐力梁2、2が側圧を支持し、底部打設コンクリートによつて補強されるため、断面構造的に強度を極めて合理的なものとすることができ、更に、従来のU形道路側溝に比べ、側壁の厚さを薄くすることができ、軽量かつ経済的であるとともに、施工後は大きな強度を得ることができるという作用効果を奏するものであることが認められる。

2  被告製品を示す別紙目録の構造の説明及び図面によれば、被告製品は、対向する左右の側壁部材を有していること及び左右側壁部材間の底部は全面開放部となつていることが認められるから、〈省略〉項の記載(本件補正公報訂七頁二六行ないし二九行)と同一の記載が存在し(本件公告公報三頁六欄一八行ないし二四行)、図面も補正後のものと同一であることが認められるから、本考案の実施例の図面とされている第1ないし第4図には、いずれも単体の側溝用ブロツクが示されており、第3及び第4図は下面が開放形状になつていること、これに対して、施工状況を示す第5、第6及び第8図では底部にコンクリートが打設された状況が示され、第7図及び第8図には複数の側溝用ブロツクを用いて排水施設としての側溝を構築する状況が示されていることが認められるのである。

更に、変更出願の登録請求の範囲の記載をみても、「左右側壁部の両端上部間に水平耐力梁部を一体形成し、左右側壁部間下部を全面開放底部となし」た「勾配自在形プレキヤストコンクリート側溝」が考案の対象であり、「現場にて前記全面開放底部にコンクリートを水路勾配に合せて打設することにより、底部打設コンクリートを含めた両端部が断面箱形に構成されることを特徴とする」という記載は、下部を全面開放底部とした目的及び効果を説明したものと理解されるのであつて、考案の対象が排水施設としての側溝であることを説明したものであるとは理解することができない。

以上のとおり、本件補正前の変更出願明細書の記載においても、考案に係るプレキヤストコンクリート側溝は、側溝用ブロツクを意味するものであることは明らかといわねばならず、被告の右主張は、採用の限りでない。

(四) したがつて、構成要件(5)の「プレキヤストコンクリート側溝」は、側溝用コンクリートブロツクを意味するものと認められるところ、被告製品が側溝用コンクリートブロツクであることは、別紙目録の記載から明らかであるから、被告製品は、構成要件(5)も充足する。

5  以上のとおり、被告製品は、本件考案の構成要件をすべて充足するのであるから、本件考案の技術的範囲に属するものというべきである。

五  被告の協定書による実施許諾の主張について判断する。

訴外会社と原告の関連会社である訴外会社との間において、昭和57年3月12日、訴外会社は、同組合が当時販売中の勾配可変側溝を昭和59年3月31日まで製造販売すること及び同日現在の在庫品については同年4月1日以降も販売を認める旨の協定が成立したこと並びに原告にも右協定の効力が及ぶことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨及び成立に争いのない甲第一七号証によれば、訴外組合が販売中であつた右の勾配可変側溝は、被告製品(二)と同一のものであることが認められる。

原告は、右協定においては、昭和59年4月1日以降は、訴外組合が勾配可変側溝を扱う場合は、原告と協議のうえ、訴外会社の規格のVS側溝を扱うことになつていたものであつて、この協定及びその実現は、実施許諾の対価というべきものであつたと主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第一八号証(協定書)によれば、右協定書の第四条には、「甲(訴外組合を指す。)が昭和59年4月1日以降、乙(訴外会社を指す。)のVS側溝を扱うことについては、その時点で協議を行うものとする。」とあるのみで、それ以上に、訴外組合が、昭和59年4月1日以降VS側溝を扱うことに定まつていたことあるいは扱う義務を負つていたことを伺わせるに足りる記載はなく、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠も存在しないから、原告の右主張は、採用し難いものといわなければならない。また、原告は、右協定の趣旨は、昭和59年3月31日までは実施を許諾するが、同年4月1日以降実施を続けたときは、実施許諾を遡つて認めないということ、又は同日以降は独自の勾配可変側溝の製造販売を止めるという条件がついていたところ、訴外組合は、同日以降も実施を続けたのであるから、許諾は効力を失つたものであると主張する。しかし、前掲甲第一八号証によつても、同年4月1日以降実施を続けたときは実施許諾を遡つて認めないという趣旨の条項は認められず、また、原告主張の条件が右協定に付されていたものと認めることもできない。そして、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。更に、原告は、右協定は昭和63年7月13日に解除されたと主張するが、解除原因の主張もなく、ひいては、その効果が発生したことを認めるに由ないものといわざるをえない。

ところで、成立に争いのない甲第一一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証によれば、被告は訴外組合の組合員であり、その製品は訴外組合を通じて販売していることが認められるから、訴外組合が訴外会社と締結した前記協定書に基づく協定の効力は、組合員である被告にも及び、協定にいう組合の門型側溝(被告製品(二))を昭和59年3月31日まで製造販売すること及び同日現在の在庫品を同年4月1日以降販売することは、本件実用新案権を侵害しないものというべきである。本訴において、原告が主張する被告の被告製品(二)の製造販売は、右期間以前のものであるから、被告の右製造販売行為は、本件実用新案権を侵害するものとは認められない。

六  原告の損害の主張について判断する。

1  原告は、被告は、昭和59年4月1日以降昭和62年5月31日までの間に、被告製品(一)を合計八億一四〇〇万円販売したと主張し、甲第一五号証には、これに添う記載がある。しかしながら、同号証に記載された被告の販売額は、同号証の作成者である株式会社ホクエツ福井営業所長が、福井県内における総需要と株式会社ホクエツの販売額から推定したにすぎないものであることが、その記載自体から明らかであり、右推定の根拠も不明確であつて、同号証によつて原告の右主張事実を認めることは困難であるといわざるをえず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告製品の販売額は、被告の自認する昭和59年6月20日から昭和61年12月31日までの合計二億五四八二万円の限度で是認するほかはない。

そして、実用新案法三〇条において準用する特許法一〇三条の規定により、被告は、右本件実用新案権の侵害行為について過失があつたものと推定される。

2  原告は、被告が右販売によつて得た利益の額が原告の損害の額となると主張する。しかしながら、原告が工業所有権等の管理を主たる業とする会社であることは原告の自認するところであるから、原告は、自ら本件考案を実施していないものと解され、その場合には、実用新案法二九条一項の規定により、侵害者の得た利益の額を実用新案権者の損害の額と推定することはできないものと解するのが相当であるから、原告の右主張は、採用することができない。原告は、原告は、訴外会社の工業所有権部門を独立させた工業所有権等の管理を業とする会社であり、経済的損益については訴外会社と同視することができるところ、訴外会社は、本件考案に係る製品を製造販売しているのであるから、原告の損害についても、実用新案法二九条一項の適用があると主張するが、原告は、訴外会社とは別個の法人であり、また、訴外会社以外の多数の会社に本件実用新案権の実施許諾を行い、実施料収入を得ていることは、原告の自認するところであるから、原告の右主張も、採用の限りでない。

3  原告は、予備的に、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額として主張するので、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額について検討する。

成立に争いのない甲第一九、第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件考案に基づくVS側溝の製造販売を許諾する対価として一時金及び販売額の三パーセントの実施料の支払を受けることとしていること、一時金の額は会社の規模や取引関係によつて決まり一定していないこと、許諾先は全国に所在し一〇〇社以上になつていることが認められる。右認定の事実によれば、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、販売額の三パーセントであると認めるのが相当である。この点に関して、原告は、被告の場合は一時金を支払つておらず、また、係争中であるから、友好的な実施権者の場合の二倍の六パーセントが実施料相当額であると主張している。しかし、前認定のとおり、一時金の額は一定していないにもかかわらず、三パーセントの率は一時金の額と無関係に一定であるというのであるから、一時金を支払つていないからといつて、実施料の率を三パーセントから六パーセントにすべきであるとする理由はなく、また、係争中であるからといつて、その者に対する関係で実施料の率を高くすべき理由もないから、原告の右主張は、採用の限りでない。

そうすると、被告の被告製品の販売額は、前判示のとおり二億五四八二万円であるから、本件における本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額は、その三パーセントに当たる七六四万四六〇〇円となる。

七  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、被告製品(一)の製造販売の差止め及びその占有する被告製品(一)の廃棄並びに七六四万四六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和60年11月24日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がないものというべきである。

よつて、原告の請求を右の限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 房村精一 裁判官 若林辰繁)

〈以下省略〉

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